クルーズファン

乗船レポート

乗船レポート:黒海の水はなぜ黒いのか?(2)

 

クリスタル・セレニティ 黒海クルーズ14日間  ~後編~

 

2011年9月7日~9月20日  

 

9月14日(水) 階段だけじゃない @オデッサ


オデッサは映画「戦艦ポチョムキン」やフレデリック・フォーサイスの小説「オデッサ・ファイル」などからのイメージか、どこか謎めいた印象があ2011_0922黒海0355.JPGる街です。アールヌヴォーの建物が並ぶ美しいプリモールスキー通りの真ん中の広場から下には、この街のランドマークとなっている、ポチョムキンの階段が伸びています。この階段は、上から見ると踊り場しか見えず、下から見上げると、階段しか見えないようになっています。イタリア人の建築家によって作られた192段の階段は、上が幅12.5m、下が21.6mと広がっているので、目の錯覚も手伝って、下から見上げると実際よりも壮大な姿に見えるのです。階段の脇には無料のエレベーターがあるので、これを利用する手もあります。他にも瀟洒なオペラ座や歴史的な観光場所もあるのですが、おもしろい所としては、通称”愛の橋”と”壁しかない家”。”愛の橋”は、その欄干に恋人や夫婦が永遠の愛を誓うために、ふたりの鍵をかけるのです。残念ながら、ある時期になると、市の方で、橋にかけられた錠前をペンチでちぎってしまうようです。”壁しかない家”はその昔は、貴族が住んでいた建物で、正面は普通の建物ですが、横から見るとほとんど壁がない建物になっています。実際に内部は狭い空間ながら、部屋があり、今でも人がちゃんと暮らしているそうです。

 

 

9月15日(木) ここで世界の運命が決まった @ヤルタ

 

2011_0922黒海0432.JPGヤルタは黒海沿いの温暖なリゾート地で、かつてはロシアの皇帝や貴族の避寒地として、ソ連時代には労働者の保養地として栄えました。地中海性気候の小さな黒海のリゾート地が世界的に有名になったのは、あの”ヤルタ会談”が行われたからでした。第二次世界大戦の終焉、戦後のドイツやヨーロッパ、そしてわが日本の命運を握る会談がこの地で行われたのです。1945年2月にイギリスのチャーチル、アメリカのルーズベルト、そしてソ連のスターリンがリバーディア宮殿に会し、ドイツの分割統治やバルト三国の処遇、日本の千島列島や樺太の処遇などについての話が行われ、歴史が作られたていったのです。会場となったリバーディア宮殿の1階には会談で実際に使用された円卓が飾られ、3巨頭が一緒に収まった写真などがところどころに飾られています。2階には、この宮殿を別荘として使っていたロシア最後の皇帝ニコライ2世一家が過ごした時の調度品や家具、写真などが飾られています。

 

9月16日(金) 次期世界遺産候補 スメラ僧院 @トラブゾンから

 

トラブゾンはトルコの黒海沿岸の港湾都市で、シルクロードによってペルシャとも結ばれ、今もイランやコーカサス地方のア2011_0922黒海0484.JPGゼルバイジャン、グルジア、アルメニアヘの玄関口になっています。余談ですがサッカーがやはりさかんなトルコにおいて、この街にもクラブチーム「トラブゾン・スポル」があり、たまたま訪れた前日に、このチームが欧州チャンピオンリーグの試合でイタリアの強豪「インテル」(日本の長友選手が所属)を破り、大金星を上げていたのです。トラブゾンから南西へ約50kmのアルトゥンデレ国立公園にあるスメラ僧院を訪ねました。スメラとはギリシャ語の「黒」(Melas)が語源とも言われています。、中型のバスで僧院下の駐車場まで行き、そこからは15分ほど、少し足場の悪い所もある山道を歩かねばなりません。何しろ、この僧院が深い峡谷を見下ろす絶壁に張り付くように建てられているからなのです。俗世から離れたところで、信仰を守り、修行する場として14世紀に建てられましたが、今はもう使われていません。修行僧たちの住居跡や図書館跡があり、洞窟の天井や壁にはキリスト教の様々な場面が描かれたフレスコ画が多く残っています。隠遁とした場所に、ひっそりと佇むこの僧院は世界遺産の候補にもなっています。
 

9月18日(日) ヨーロッパとアジアの十字路 @イスタンブール

 

2011_0922黒海0605.JPGク ルーズは、いよいよ最終寄港地、イスタンブールに入港です。クルーズの寄港地としても大人気の港には、たくさんの船が停泊しています。イスタンブールは大変見どころが多く、6本の鉛筆のようなミナレットと内部はブルーのタイルが特徴的なスルタンアフメットジャミ(ブルーモスク)、かつてはキリスト教の教会で、その後、モスクに変えられたアヤソフィア、この街がコンスタンチノープルと呼ばれていた時代に作られた貯水池、地下宮殿、そしてオスマンのスルタンたちがその栄華を誇ったトプカプ宮殿など、どこも観光客で溢れていました。ヨーロッパとアジアの十字路とも称されるこの街の旧市街では、狭い道路や十字路に信号もなく、次々に車が突っ込んできて、なかなか進めないこともありました。この日は、夏休みの終わりの日曜日だったので、まだ市内の交通はスムーズでしたが、平日ともなると大変な交通渋滞となります。ツアーの出発時間には十分、注意が必要です。

 

最後に、黒海の水は本当に黒いのか、そして、なぜ黒いのかです。

世界には紅海や黄海など色に例えられて、つけられた海がありますが、黒海も、黒っぽく見えたので、そうつけられたのでしょう。では、なぜ黒いのか? 答えは、イカやタコがいっぱいいて、墨をたくさん吐いているから と言いたいところですが、実際は、水の成分に硫化鉄が含まれ黒く見える とか 黒海の水深が深く、漆黒の世界に例えてそう呼んだなどのいわれがあるようです。

皆さんも是非、本物の黒海をご覧になり、自分なりに答えに納得してみて下さい!
 

乗船レポート:黒海の水はなぜ黒いのか?(1)

 

クリスタル・セレニティ 黒海クルーズ14日間  ~前編~

 

2011年9月7日~9月20日  

 

 

2011_0922黒海0001.JPG今回のレポートは、黒海クルーズです。
イタリアのベニスを出港し、アドリア海からエーゲ海、ダーダネルス海峡から、マルマラ海に入り、ボスポラス海峡を通過して、黒海に抜けるという海の好きなクルーズ・ファンには、たまらない航路です。
陸上から行くと1回のツアーでは難しいようなイタリア、ギリシャ、ルーマニア、ウクライナ、トルコ5カ国を巡るルートも廻れてしまうのが、クルーズならではです。
 海運国として栄華を極めたベニス、オリンピアではギリシャ神話の世界に引き込まれ、オデッサでは、ロシア革命の発端にもなったと言われ、映画の舞台にもなった「ポチョムキンの階段」を見下ろし、ヤルタでは日本も含めた第二次大戦後の世界の運命を決めたヤルタ会談の舞台、「リバーディア宮殿」で歴史を感じ、「トプカプ宮殿」ではオスマントルコの栄華に思いを馳せる。教科書や歴史書、映画の世界で登場した場所が、次々に登場する黒海は、まさに世界史を訪ねる旅でした。
ヨーロッパの人気航路、地中海やバルト海にも劣らない魅力の黒海クルーズは、おすすめです。

 

レポート by 船上コンダクター

 

 

9月8日(木) 名物にうまいものあり @ベニス


最近ではジョニーデップとアンジェリーナ・ジョリーが競演した映画「ツーリスト」に登場し、これまでも様々な映画の舞台となったベニス。サンマルコ広場は人で溢れ、さすがここが世界の観光地だと実感してしまいます。見どころも多いこの街ですが、お客様も何度か訪問されている方も多かったので、観光はせずに、街のそぞろ歩きとランチをとることになりました。2011_0922黒海0044.JPGのサムネール画像ベニスの名物と言えば、アドリア海で取れた魚貝類、特にイカ墨のスパゲティが有名です。今回はリアルト橋からも程近い下町のトラットリア「マドンナ」でクモガ二のサラダ、イカ墨のスパゲティなどを頂きました。じっくりと煮込まれたイカ墨のコクのあるソースがアルデンテの麺に絡み、定番ですが、期待を裏切らない味でした。食べた後には、お約束のお歯黒状態もご愛嬌です。

 

 

9月10日(土) 神々の聖地でフライング? @オリンピア

 

2011_0922黒海0128.JPGギリシャ、ペロポネソス半島の小さな港、カタコロンから約45分、訪れたのは”オリンピック”の語源となったオリンピア。古代オリンピックが行われた場所には、かつては、闘技場や今でいうオリンピック村のような宿泊施設、IOCのような施設、ゼウスに捧げられた神殿などがありましたが、長い年月の間の地震や風化により、遺跡として、わずかに残る遺構や倒れたままの円柱を見ながら、往時の繁栄ぶりを想像するしかありません。ニュースで度々、目に触れるオリンピックの聖火が灯されるのはヘラの神殿前ですが、ここオリンピアのハイライトは長さ192mのトラックのあるスタジアム。紀元前4世紀に作られ、約2万人の観客を収容し、短距離走や槍投げ、円盤投げなどの競技が行われていました。今も残るスタートラインには、観光客がこぞってスタートのポーズをとって、記念撮影をしていました。2004年のアテネ・オリンピックの時には、この古代オリンピックのメイン会場であったこのスタジアムにて、砲丸投げの競技が実際に行われました。

 

9月11日(日) コリントス運河は今や @ナフプリオンから

 

ナフプリオンはかつては海洋国家ベネチアに支配され、その時代に造られた要塞も残っており、
旧市街には、中世の建築物も見ることができます。
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ここからは、郊外に足を伸ばし、コリントス運河とミケーネ遺跡を観光しました。コリントス湾とエーゲ海を結ぶために作られた、幅わずか23mのコリントス運河では、橋の上から、運河を眺めます。「これだけ?」とあっさり観光を終えて、バスで再び橋を渡り、運河を見下ろした時に、丁度、運河の入り口付近に、運河を航行する船が入ってきました。最近では、この運河を利用する船も減ったため、もし船が航行しているコリントス運河が見れたら、まさに、”うんが” いいですね。
ミケーネ遺跡は、紀元前16~12世紀のミケーネ文明が繁栄した頃の王宮跡や王族の墓などが発見された遺跡です。ドイツの考古学者、シュリーマンが、トロイア戦争にも登場するアガメムノン王の黄金のマスクを発見した場所でもありますが、残念ながら、このマスクはもっと古い時代のものであることが立証されています。しかし、トロイでもミケーネでもギリシャ神話の世界が実存することを示そうとした彼の情熱や執念には敬服です。

 

9月12日(月) 海峡クルージングも見どころ @ボスポラス

 

2011_0922黒海0321.JPGクルーズは、終日航海日を迎え、朝8時半頃から、エーゲ海からダーダネルス海峡を通過し、”トルコの瀬戸内海”(とイスタンブールのガイドさんが言っていました)マルマラ海に抜け、夕方5時ごろに、ボスポラス海峡に入っていきました。全く洋上を航海する日と違い、狭い海峡を通過し、島や陸地の風景を見ながら再び、大海へ出るという、黒海クルーズのハイライトでもあります。
多くの乗客が風景を見るためにデッキに出ていて、キャプテンによる説明が船内放送で流れていました。船はアジア側とヨーロッパ側を分け入るように進み、イスタンブールの街が近づくと、モスクのミナレットとドームやガラタの塔などの姿も見えて、いっそうエキゾチックな雰囲気を感じます。ヨーロッパ人たちが、オリエント急行に乗って、この終着地に着いた時にも同じような感覚だったことでしょう。船はボスポラス大橋を通過し、一旦、イスタンブールを後にして、一路、黒海へと向かいます。

乗船レポート:地球にやさしく、美しく 帆船の旅

 

クロアチア・シシリー島・カプリ島の旅 

 

2011年7月26日~8月7日  

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ひと口にクルーズと言っても、船の種類は様々。最近、話題のカジュアルな超大型船やこじんまりとした洗練されたサービスのラグジュアリータイプまで、ご自分のスタイルに合わせて船旅を楽しめば良いと思います。今回は、ちょっと珍しい帆船による船旅の様子をご案内いたします。船はスタークリッパー社の「ロイヤルクリッパー」。マストが5本あり、美しい帆を張る5000トンの船です。決して豪華な客船ではありません。派手なショーやカジノなど、たくさんの施設はありませんが、帆船でしか、体験できないことがいっぱいあります。船は航海の80%以上を風を受けて、自然の力で疾走します。帆船での船旅は、エコで地球にやさしく、乗客にもやさしく、こんなにも海が間近にあることを感じさせてくれるロマン溢れる旅なのです。

 

レポート by 船上コンダクター

 

 

小型の船は寄港地も豊富


IMG_0832.JPG 今回のクルーズではクロアチアのロヴィニやフヴァール島、ドゥブロブニク、モンテネグロのコトル、そして人気の高いシシリー島のタオルミナ、カプリ島などを巡ってきました。世界遺産にもなっているフヴァール島では山を越えてスタリー・グラードという古くからの街を観光。ワイナリーにも立ち寄り、クロアチアのワインも堪能しました。なかなか訪れる機会の少ないモンテネグロのコトルは入り組んだコトル湾の最奥部にあり、バロック様式の建築物が多い旧市街は世界遺産になっています。シシリー島、タオルミナの代表的な観光地は、遠くエトナ山を望む古代ギリシャ劇場ですが、今回はのんびりとお客様とともに、「グランド・ホテル・テルメ」で食事を楽しみました。そして、カプリ島は、世界的にも人気の観光地だけあって、ケーブルカー乗り場は大混雑してました。大型船だと大きな港や都市が中心の寄港となりますが、静かな海辺の小さな街や島に寄港できるのが、小型船の魅力です。但し、テンダーボートでの上陸が中心ですので、ボートが少し揺れるのに慣れないといけませんけど・・・・。

 

食事がおいしいんです!

 

船旅の楽しみであるお食事。最近は本格的な和食、寿司、豊富な種類のサブレストランが完備された船など、各クルーズ船が食事のサービスに力を入れています。帆船ロイヤルクリッパーには、メインダイニングがひとつだけです。レストランを選ぶことはできませんが、毎日の夕食では、その日に供されるメニューの本物のサンプルがレストランの入り口にが並び、まるで日本のレストランのようです。前菜、主催、デザートとそれぞれ好きなもの、食べたいものが選べるのですが、これがおいしいのです。小型船は、各寄港地でも新鮮なものを仕入れ、また、乗客定員が227名と少人数のため、丁寧に調理された料理が並びました。よくラグジュアリーなIMG_0725.JPG船に乗船されているお客様からの評価も高く、毎日、おいしくいただきました。

 

 






マスト登りとフォトテンダーが最高のエンターテイメント


毎夜、繰り広げられる華やかなショー、つい入り浸ってしまうカジノといった船旅のナイトライフは残念ながら、帆船では味わえません。ショーは全くないというわけではなく、最終日には船のクルーたちがエンターテイナーに早変わりして、乗船客を楽しませてくれます。しかし、何と言っても、この帆船クルーズの最高のエンターテイメントはマスト登りとフォトテンダーです。

  IMG_0673.JPG青い空に伸びる5本のマストを見上げながら、安全ベルトをつけて、ゆっくりと登っていきます。なるべく下を見ないようにして、なんとかマストに設置された展望台にたどり着きます。すると、そこからの眺めは壮観そのものでした。

IMG_0865.JPGのサムネール画像きっと、大航海時代の冒険者たちも、こうしてマストに登り、未知なる土地の風景に思いを馳せていたに違いありません。

フォトテンダーは最終日のサプライズ。
白い帆は、地中海の風をいっぱい受けて、美しく弧を描き、堂々と海の上に浮かんでいます。この美しいシルエットをテンダーに乗って、さまざまな角度から見ると、船旅をしている実感や帆船の美しさやロマンを感じてしまうのです。

贅沢さだけではない船旅本来の魅力を十分に堪能できる帆船に是非、一度、ご乗船下さい。

 

2012年 帆船で行くクルーズ

詳しくはコチラ.gif

乗船レポート:白夜の北欧バルト海とロシアクルーズ (2)

 

白夜の北欧バルト海とロシアクルーズ ~後編~

 

2011年5月22日~6月3日 (12泊13日) 

 

 

ク ルーズの人気海域、北欧バルト海とロシアのクルーズに行って参りました。5月ごろ
から北欧は、日照時間の長い白夜と
2011_060211バルト海1118.JPGなります。ちなみに、下船前日の6月1 日の日の出は午前3時43分、日没は午後9時48分でした。いつまでも暮れない太陽を惜しむかのように、短い北欧の夏が始まります。今回乗船した「クリス タル・セレニティ」は5月7日に世界一周の旅を終えた後、わずか2週間という驚異的な速さで客室やパブリックスペースの大掛かりな改装を行いました。その 模様は船内のTVにて、ダイジェストとして見ることができましたが、陰日なたなく、たくさんの人たちの力によって、クルーズは成り立っているのだと改めて 感じました。リニューアルされ、真新しくなったクリスタル・セレニティが皆様の乗船を待っています。

 

レポート by 船上コンダクター

 

 

5月28日(土) 建国祭に盛り上がる?ロシアの古都@サンクト・ぺテルブルク


今回のクルーズのハイライトというべき、ロシアのサンクト・ぺテルブルクに入港です。
市内から車で約20分離れた新しい港
2011_060211バルト海0976.JPGのターミナルは広大なスペースを有し、本船クリスタル以外にも、お馴染みのクルーズ船が何艘も停泊し、まさにクルーズ銀座の様相を呈していました。ほとんどの船は、1泊停泊ですが、クリスタルは2泊停泊しましたので、丸々3日間、エルミタージュ美術館やエカテリーナ宮殿などロマノフ王朝時代のロシア栄光の歴史を誇る秘宝やモニュメントを堪能することができました。
ちょうど、5月27日がサンクトペテルブルクを首都とする建国記念日にあたり、翌日には建国を祝うパレードやイベントが行われていました。エルミタージュの前に広がる宮殿広場はイベント会場となり、大勢の人で賑わっていました。夜にはネヴァ川沿いで花火も打ち上げられたらしいのですが、あまり盛り上がらないかもしれませんね。なにせ白夜ですから・・・・

 

 

5月31日(火)エストニアは美人の宝庫@タリン

 

2011_060211バルト海1251.JPGエストニアはバルト三国のひとつで、タリンかつてはハンザ同盟の都市としても発展しましたが、国自体は、デンマーク、ロシア、スウェーデンなどの列強からの支配を受けてきました。1991年に当時のソ連から独立し、その後は民主化が進み、今では他のヨーロッパの国と変わらない雰囲気を持っています。タリンも中世の面影を残す旧市街が世界遺産になり、散策の楽しい街でしたが、ここで気づいたのは、タリンには美人が多いということ。どう見ても、観光客ではなさそうな、街を歩く女性もはっと振り返ってしまう人が多く、また、広場の露天で商売している女性やレストランのウエイトレスさんなども綺麗な人ばかりでした。♪

写真は広場で絵葉書を売っていた女性(アルバイトのようでしたけど)






6月1日(金)ガムラスタンの小路 @ストックホルム


クリスタル・セレニティはいよいよ最終寄港地、スウェーデンのストックホルムに寄航しました。
船はここで1日停泊しますの
2011_060211バルト海1392.JPGで、観光や買い物、散策と美しい北欧の街を楽しめます。クリスタルクルーズでは、今回、全ての寄港地で、街の中心まで無料のシャトルバスがありましたので、散策に行くにも大変便利でした。
ストックホルムにもガムラスタンと呼ばれる旧市街があります。宮崎監督の「魔女の宅急便」に登場する街のモデルのひとつだとも言われています。そこには、王宮や大聖堂といった観光スポットもあるのですが、広場の周りには雰囲気の良いカフェや小さな目抜き通りにはお土産や雑貨などのが店が軒を連ねていますので、散策にはぴったりの場所です。歩いている途中には、ギターをかかえて歌う女性のストリート・パフォーマーに出会いました。さらに、途中、横切る度に、いくつもの小さな石畳の小路が現れ、どこを切り取っても絵になるような場所です。中世からあまり変わらない、こうした旧市街を歩いていると、ヨーロッパを旅しているという気になりますね。 

 

旅の終わりに天使に出会った 


下船前日の最後の晩餐は、全員でクリスタル・セレニティ内の「シルクロード」でということに
なりました。クリスタルは、メインダイニングでの食事もおいしく、今回もロシアン・ディナーや
フレンチ・ディナーなど趣向を凝らした料理が楽しめました。でも、何と言っても日本食、寿司バー
のある「シルクロード」があるのは、日本人には心強い味方です。日本人シェフも現地で仕入れた
素材や何でこんなものがあるの?というものまで
、お客様の希望を極力、叶えてくれます。
 

2011_060211バルト海1413.JPG隣のテーブルには外国人のご家族のお客様がテーブルを囲んでいたのですが、そこにラファエロの天使の絵と見まがうばかりの、かわいらしい天使がいたのです。名前は「サラ」。その日が彼女の2歳の誕生日ということで、レストランでお祝いだそうです。レストランから用意されたバースデーケーキとスタッフや周りのお客様が歌う「ハピバースデー」の歌に天使もご満悦でした。 

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